段差と車いす

車いすに触れたことがない人の中には、「段差があると、車いすは上がれない」と思う方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。1段の段差であれば、下の写真のように後方のバー(ティッピングレバー)を踏むことで前輪を浮かして乗り越えることができます。

ティッピングレバー

たいていのお家の玄関も、下の写真のようにして上がることができます。1、ティッピングレバーを踏んで前輪を持ち上げ、玄関の上にのせる。2、その状態の車いすの傾斜に合わせて、斜め上に押し上げる。という手順です。コツは、後輪をまったく浮かさないことです。前輪さえ上に乗ってしまえば、あとは角に這わすように上げていきます。逆に、下りるときは、車いすを後ろ向きにして、まず後輪を下ろし、レバーを踏みながらわずかに後退して前輪を静かに下ろします。

玄関の段差1
玄関の段差2

2段が上がれない

ところが段差が2段になると、とたんに上がるのも下がるのも難しくなります。上がるときは前輪を上段にのせられないし、下がるときはたいてい「ガタン!」と衝撃がきます。そして、家でもお店でもこの2段という段差がとても多く設置されている気がします。そもそも玄関とはそういうものなのでしょうか。上がりがまちと土間の間にもう一段台があったり、くつを脱ぐ平たい石があったりします。玄関としての見かけはいいですが、車いすにとっては障害になることが多いです。

玄関の2段差

上の写真を見ると、2段目に上がるためには1段目の奥行きがもう少し必要だということがわかります。ここが十分にあれば、それはもう2段というより、1段が2つあるのと同じで、1段の手順を2回やればクリアできます。必要なのは車いすが4輪でしっかり乗っかる幅です。

車いすが乗る段差

だいたいは上図1のケースになると思いますが、車いすの全体が、脚部も含めてのっかるためには80センチほどの幅が必要になります。上図2のように2段目が低い場合には、脚部がひっかからないので、前後輪の間隔(50センチくらい)でのります。脚部のステップ部分の高さはまちまちですが、こぶしひとつ分くらいが標準的かと思います。下の写真のように、微妙に脚部がひっかかるケースもよくありますが、何より足そのものが当たらないように気をつけなければなりません。

玄関の段差3
玄関の段差4

細かい話ですが、上図2の脚のステップがひっかからない場合に必要な奥行きが、段を上るときと下りるときで違うのでは?と感じることがあります。前輪が、軸に対して前後に動くからです。下の写真を見てください。

玄関の段差5

上るときは、だいたいこの写真のようになりますが、下りるときは後退してきますので、前輪のキャスターが黄色い軸に対して向こうに向きます。こっち向きと向こう向きで10センチほど差がでますので、「あれ、上りは4輪乗ったのに下りが乗らない」となります。これを解決するには、後退しながら前輪を浮かせたときに、少し大きく傾けてキャスターを反転させてやる必要があります。そうすれば、上りと同じ奥行きで4輪が乗るようになります。

奥行きのない2段

どうにもならない2段差にどう立ち向かうか。一つは、車いすのどこかを引っ張り上げる方法です。介助者が一人の場合は、車いすに乗った人を後ろから抱え込むようにして肘置きの部分を持ち上げ、介助者が二人の場合は、一人がどこかを引っ張り上げることになります。いずれも、引っ張る部分が可動式、脱着式になっている場合は注意が必要です。

もう一つは介助者が二人の場合に限られますが、車いすの向きを反転させて、上りも下りも低い方に顔を向けて行います。車いすの前輪の接地をあきらめ、後輪を段に這わすように進める方法です。脚部がじゃまにならないので、奥行きのない段差であっても、また3段4段と続いても上り下りできます。一人はハンドルを引っ張りあげ、もう一人は車いすを水平に保つために前方を抱える形がよいでしょう。

さらに別の方法として、車いすを使わないというのが考えられます。車いすはそれ自体が重く(だいたい15から20キロあります)、横幅がタイヤのぶんだけかさばり、ハンドル以外の部分を二人目の介助者が持とうとしても都合のよい持ち手がありません。その代わりに肘のある椅子、ダイニングチェアなどを使うとどうでしょうか?軽く、狭いところを通れて、二人でしっかり抱えられます。もちろん、椅子は人を乗せて持ち上げるものではありませんので、バキッとこわれても何も言えませんが、車いすごとどうしても持ちあげられない、あるいは狭くて通らないといった場合には、椅子に乗り換えて段を乗り越えるというのも一つのアイデアだと思います。

最後に逆の立場、段差を作る側から考えます。だいたい30センチ以上の高低差ができる場合、2段差にするのが普通でしょう。それはそれで、歩く人にやさしいのは間違いありません。90歳の人が30センチの段差を越えるのは大変ですが、15センチを2段なら歩いて上がれるというものです。しかしいざ車いすの生活になると、その2段がやっかいになるというのは上に述べたとおりです。ですから、歩く人と車いすの両方の便を考えれば、2段にしつつ、中段の奥行きをしっかりとるのが理想です。1メートル幅くらいとれれば、たいていの車いすが中段に乗れます。お店の入り口などで、バリアフリーにしたいけどスロープにするのはちょっと、とお思いならこの奥行きを考慮されるといいでしょう。